日誌


2022/03/22

POLITICAL ECONOMY第212号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
岸田首相ブレーンの憂鬱

                   経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

 2月16日付け「日経新聞」の経済教室におもしろいグラフが掲載された。「資本市場は企業から株主への資金流出の場になっている」というタイトルのグラフである。掲載の図を見てもらいたい。

 この20年、企業の資金調達額はほとんど変わっていないのに企業からの配当や自社株買いで株主への還元が5倍になったという図だ。寄稿した早稲田大学教授のスズキ・トモ氏はこれを「ワニの口グラフ」と名付けている。

 企業の資金調達は、銀行からの融資や自己資産の取り崩しのほか、債券の発行そして株式の発行などによって行われる。企業が株を発行するということは、新規投資などに必要な資金調達のために行うもので、お礼に年に1、2度配当を提供する。

 ところがお礼の方が30倍近くにもなっている。2020年を見ると「約8000億円の投資に対し約23兆円の株主還元が実施されている」とスズキ氏は、「企業会計」2022年2月号に掲載した「『新しい資本主義』-アカウンティングと従業員のWell-Being」の中で指摘している。

 投資した企業が儲けたのでお礼が多いは悪いことではない。しかし、97年から21年までの日本経済の成長率の平均は0.6%に過ぎない。しかも日本株の3割は外国人投資家。「おそらく40%以上の国富が海外に流出している可能性がある」(同上)と言うのだ。

投資と賃金減らし株主に献上

 なぜこんなことが可能になったのか。スズキ氏は「給与や設備投資の抑制」のふたつを上げている。1997年と2020年を比べると従業員給与は15%減った。「利益最大化のために賃上げが抑制され、投資が犠牲となる構造があらわになっている」と指摘し、「株式市場の逆機能の20年」と名付けている。

 念のため財務省の「法人企業統計」を調べてみた。97年度と20年度を比較すると経常利益は2.3倍だが配当は6.2倍となっている。設備投資(ソフトウエアを含む)は0.9倍だ。2000年代に入って新規の工場建設は国内では行わず海外で行う傾向が顕著となったこともある。賃金は厚生労働省の「毎月勤労統計調査」(暦年)はスズキ氏の指摘通り15%減だ。


 株主還元が増加しているもうひとつの理由は、内部留保からの流出で「かつては事業再投資のため内部留保された利益剰余金は、今や遊休資金として株主から標的化され、赤字配当などの原資として現金流出を誘発している」という。

 もうひとつ理由がある。自社株買いだ。添付図の棒グラフの濃い青の部分である。自社株買いは株式を発行している企業が自社の株を買い戻すことで、買った株は金庫に入れておいても良いし消却してもよい。自社株買いをすれば発行済み株式総数が減るので1株あたりの利益が増え株価は上昇しやすい。1994年に認められるようになった。

 特に問題なのはストックオプションとセットになっているケースだ。ストックオプションは自社株をあらかじめ定められた価格で取得できる権利で、経営者や従業員に与えられる。将来、株価が上昇した時点でストックオプションの権利を行使すると儲かる。業績向上のインセンティブとされる。株主優先の最たるもので企業経営が目先の利益ばかり重視することになりかねない。

 企業の自社株買いは、アメリカでは21年に8817億ドル(約105兆円)と過去最高を記録した。ストックオプションを設定しているCEOが、株価つり上げ目当てに債券を発行して自社株買いを行うケースもある。このためバイデン大統領は、予算教書の中で自社株買い総額に1%の課税を提案している。
 
 日本で21年度は約8兆円と過去最高となった。13年度は1.9兆円なので4倍以上増えている。ドイツでは禁止されており、岸田首相も国会答弁で見直しを示唆した。

腰が引ける岸田首相

 スズキ氏は、岸田首相の進める「新しい資本主義」のブレーンの1人だ。ブレーンと言えば「新しい資本主義」の名付け親でもある原丈人氏(アライアンス・フォーラム財団代表理事)は、「ステークホルダー資本主義」の日本版とも言える「公益資本主義」を掲げ、2018年に岸田氏がつくった「公益資本主義議員連盟」の後ろ盾となった。2人とも新自由主義からの脱却を唱えている。

 しかし、2人とも「新しい資本主義実現会議」のメンバーには入っていない。スズキ氏の考え方に共鳴している関西経済連合会からも入っていない。さらにおかしいのは、短期的利益指向の経営からの脱皮を目指す上場企業の4半期ごとの決算開示の廃止(6カ月に戻す)について、金融審議会などで異論が出るやさっさと引っ込めて、報告書と短信というふたつの決算発表を短信に一本化することでお茶を濁してしまったことだ。

 スズキ氏は関経連からの委託研究「成熟経済・社会の持続可能な発展のためのディスクロージャー・企業統治・市場に関する研究調査報告書<四半期毎の開示制度の批判的検討を契機とする>を昨年8月に出している。316ページにのぼる大論文だ。海外の事例も豊富で4半期決算開示擁護者の論理をことごとく論破している。スズキ氏の執念を感じる。しかし、岸田首相には執念が感じられない。岸田首相はブレーンにも国会答弁のように「検討します」と言っているのだろうか。


13:51

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回の研究会は決まっておりません。決まりましたらご案内いたします。

 

これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告