日誌


2022/04/12

POLITICAL ECONOMY第213号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
電車やバスが「止まる」・「止まりそう」から見えてくること

             労働調査協議会客員調査研究員 白石利政

 人の移動にかかせない乗り物、電車やバスが駅やバス停で停まるのは当然である。時に故障や交通事故で止まることはある。それ以外の原因で「止まる」こともある。そこには、それなりの訳があり、ふだん見えなかったことが現れる。

新型コロナがコミュニティバスを「止めた」

 現在の廿日市市は、周辺の4町村(佐伯町・吉和村・大野町・宮島町)が平成の大合併で編入され誕生。旧自治体内には、宮島を除いて、市の自主運行によるコミュニティバス(「さくらバス」と「おおのハートバス」)が運行している。

 私の住む地区を走っている「おおのハートバス」は、駅(JR西、広島電鉄)と病院、学校、大野支所、図書館などの公共施設、スーパーマーケットなどを巡回している。その利用状況の一端が新型コロナ禍で明らかになった。それは市から運行を委託されている会社の運転手2人が感染、ほかの運転手9人がPCR検査を受けるため、1月16と17の両日、全面的に「止めた」。

 「バスは地域の高齢者や小学生ら1日約400人が通院や通学などで利用する」と(朝日新聞大阪本社版広島面 2022.1.20)。この利用者数は新型コロナ感染下で運行本数の調整と外出自粛で減少時のもの、それ以前は約800人/日が利用していた。9人の陰性が確認され18日から運行が再開された。

 4月の平日に乗ってみた。商業地域のある海岸部から住宅地域の山間部に向け出発して間もなくピンポン。利用者は買い物袋を下げた高齢者だった。一区間の運行が自立した生活を支えていることが分かった。利用者数も現在は回復中のようだ。

台風と大雨がJR西を「止めた」

 JR西日本は昨年の8月8日夕から9日昼ごろまでの台風9号の接近で、8月15日は大雨で、普段使っている在来線を全面的に「止めた」。異常気象で凶暴性を増す風雨への対策がその理由で、この措置は安全性確保のうえから世間的には高い評価を得ているようだ。

 「不要不急」の外出を避けるのは当然のことだ。だが、やむを得ない用事があり自家用車のない場合は困る。知り合いの非正規労働者は、見つけた仕事に就いて5か月目、仕事の継続への思いから、コミュニティバスが広島電鉄宮島線の駅とつながっていることを利用して、広島市内の職場へ出かけた。状況に合わせ小回りの利くコミュニティバスと“タフ” な広島電鉄がつながっていることの大切さを知った。

赤字でJR西の在来線が「止まりそう」

 「(輸送密度が)2千人以下のところは、大量輸送機関である鉄道の特性を生かせず非効率だ。非効率な仕組みを民間企業として続けていくことが、現実的に難しくなっている」。これはJR西の長谷川社長の発言である。そして、同社内で輸送密度(1キロあたりの1日平均利用者数)が「2千人以下」の区間は在来線全体の3割超にのぼる」と述べた(朝日新聞大阪本社版 2021.12.29)。

 4月11日、JR西は新型コロナ禍前の2019年度の実績で、輸送密度2千人未満は17路線、その30区間
すべてで赤字(17~19年度平均)と、公表した。うち10路線21区間が中国地方にある(図参照)。

 新幹線や都市部の稼ぎを不採算路線へ「分配」する能力が低下。このようなビジネスモデルが「破綻」した以上、利用者増を望めない赤字路線は「止めたい」ということのようだ。

 このJR西の公表をうけて、中國新聞は広島の県北では「住民に衝撃 存続熱望」、島根では「木次線沿線 強まる危機感」と、地域住民の声を取り上げている(2022.4.12)。島根県の丸山知事は「赤字路線問題を、JRと都道府県や市町村のレベルの問題ととらえることがおかしい。JR西は多くの府県をカバーしており、まず政府がどう受け止めるのか見解を示すべきだ」との注文をつけた(朝日新聞電子版2022.4.15)。斎藤鉄夫国土交通相(衆議院広島3区)は広島市での会合後、記者団の取材に応じ、広島と岡山の山間を結ぶ芸備線について「廃線ありきでない」と答えている(朝日新聞大阪本社版広島面2022.4.17)。

 このような状況下、5月11日に新見市で開かれた芸備線の利用促進検討会の最終で、JR西の岡山支社の須々木副支社長は「鉄道は地域のお役には立てていない。前提をおかず、将来の地域公共交通の姿について速やかに議論を開始したい」と切り出した(朝日新聞大阪本社版広島面 2022.5.12)。赤字路線の存廃が喫緊の課題となってきた。

「つなげる」ための論議を

 移動手段が「止まる」に関して、新型コロナ禍の影響はいずれ終わる。異常気象への対応はこれからも避けられそうにないが一過後は再開する。しかし赤字路線の「止まりそう」は廃線へとつながりかねない。いったん廃線になれば再開はほぼ絶望的だ。「赤字の区間を含めJRに自主運営させるとした国鉄改革の枠組みが崩れ、『第二の国鉄改革』が始まったとも言える」(中國新聞 2022.4.12)。

 移動手段はつながってこそ利便性が高まる。タイヤ(DMVデュアル・モード・ビークル)と鉄輪の二刀流走法、鉄道の存続を図るために上下分離方式、LRT(Light Rail Transit)方式、民間バスやコミュィバスなども含め「つなげる」ための論議が深まることを願う。


08:05

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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