日誌


2015/06/23

「グローカル通信」第17号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
「福島県浜通りの復興」
 =福島県南相馬市からの視点=
                       
         一般社団法人 えこえね南相馬研究機構理事 中山 弘

 東日本大震災から4年と4ヶ月が過ぎた。復興という言葉はすっかり使い古され、被災地以外の人々にとっては過去のものになりつつあるのではないかと感じる。株価が20,000円を超えたとか、企業収益がリーマンショック前より増え従業員の給与も上がったとか、銀座でブランド品が売れ高級レストランも予約でいっぱいだなどの景気の良い話題の下で、被災地は忘れ去られているようだ。

 いっぽうで、「大胆な」公共事業や2020年の東京オリンピックに向けた投資で建築資材と作業員の確保が難しくなり、復興にも影を落としている。そうは言いながらも、福島では除染、廃棄物処理、インフラ整備が計画に基づいて進められている。問題は、住民の暮らしの再生、生業の確保、さらに少子高齢化が急速に進む中でのケア、子育てなどをどうするかである。このような観点で、少し現状をレビューしてみたい。

インフラ整備と産業再生

 今年の3月初めに常磐自動車道が全線開通した。南相馬市はこれまで仙台方面からの道路と、福島方面からの山道だけが主な交通路であり、陸の孤島と化していた。これに対し常磐道が開通したことで、いわきや東京方面からのアクセスが格段に良くなった。また、南相馬市北部の鹿島区には「セデッセ鹿島」というサービスエリアと道の駅の機能を併せ持つような複合施設ができて賑わいを見せている。

 南相馬市では、復興総合計画のイノベーションコーストというコンセプトに基づいた展開も進んでいる。その課題認識は、①工業生産の回復のため、高度な技術力を有する地元の機械金属加工産業と原発事故対応に向けたロボット産業の需要を結びつけること、②原発事故により大きな被害を受けた農業において、農業者が安全・安心な農産物の生産・加工・販売ができるような環境整備、③広大な津波被害や放射能汚染を克服するため再生可能エネルギーや研究機関の誘致−の3点である。これらを解決すべく、①ロボット工学など新分野への企業進出、②植物工場など農業分野への新たな取組み、③沿岸部の太陽光発電施設や研究機関の誘致−の取組みを進めている。

 南相馬市の現在の有効求人倍率は2.5倍と高水準だが、これは生産年齢人口が3割減ったことと、除染や復興工事、これに伴うサービス業ニーズの増大が主な理由である。若い人は継続的で未来につながる雇用を求めており、従来の1次、2次、3次産業の再生とともに、これらの新産業の取組みがどこまで雇用創出効果を出せるかに注目したい。
 
日々の暮らしの再生

 個人の生活を考えると、暮らしをどう確立するかが重要となる。南相馬市は福島第一原発から10km-40kmに位置しているが、来年4月に20km圏内の避難指示が解除となり、5年ぶりに人が住めるようになる。この地域には震災前に13,000人ほどの市民が居たが、最近実施したアンケート調査で、来年戻るという人はこのなかの約1割である。数年以内に戻るという人と条件が整えば戻るという人を合わせると、全部で半分近くになるが、この方たちの帰還に向けた意欲をどれだけ高めることができるかが注目されている。

 戻るための大きな要素は、日常生活に必要な環境、自宅の修復や清掃、空間線量が下がること、などである。生活圏や農地の除染は今年に入って加速して取り組まれている。自宅の修復や清掃もある程度進んでいるが、生活に必要な環境に関しては、まだ良く見えていない。南相馬市では、小高駅近くに復興拠点施設を設置するが、この完成予定は今のところ2018年春である。避難解除に合わせて、来年春までに災害公営住宅を設けたり、仮設店舗の整備を行うが、一般の店舗がどれだけ戻るか、高齢者ケア、子育て支援などをどう担保していくかも重要なポイントとなる。

 大切なことは住民たちが住みたいと思えるまちづくりがどれだけ進むかであり、必要な機能を纏める住民発のワークショップなどが開催されているが、まだ十分とは言えない。住民たちの想いを結集し行政とも連携して、住みたいと思えるまちをどうつくりだしていくか。この時に、住民たちも行政に頼るだけでなく、自らの自発的・自立的な取組みも大切になる。震災から5年を目前にして、これからが正念場とも言える。

 ところで、南相馬市には現在約5万3千人が暮らしており、震災前の7割以上の人がいる。しかし、ここにはほとんど人が住んでいないと勘違いしている人も多い。メディアも、帰るのが難しく人影が消えた街というステレオタイプの報道をしたがる傾向もある。ネットでも放射線量が高く人が住むところではないといった情報を拡散したがる人もいる。

 しかし、実際には多くの人がここに住み、まちと暮らしを再生しようとして頑張っているということを知り、応援してくれる人が増えたら良いと思う。そのためにも、一度、訪問して現場をみていただくことを期待しています。

 7月25日から3日間、南相馬市で伝統行事「相馬野馬追」が行われます。詳細はhttp://soma-nomaoi.jp/をご覧ください。


10:05

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告