日誌


2015/05/31

POLITICAL ECOMOMY第32号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
成長戦略第3弾と21世紀の産業革命“Industrie 4.0”
                                       グローバル産業雇用総合研究所所長 小林 良暢

 安倍内閣は成長戦略の第3弾「日本再興戦略2015」を閣議決定した。アベノミクスが始まって3年。景気を回復軌道に乗せることに成功したものの、日銀の「物価目標2%」は未達成なままで、「経済の好循環」も未だ道半ば。かえって労働力不足が顕在化して成長戦略の足かせになって、日本経済の潜在成長力は未だ1%以下に止まったままだ。「成長戦略」第3弾は、こうした安倍内閣が抱える難題を突破するためのものだが、期待通りにいくのだろうか。

 今回の成長戦略でまず目につくのは、「第4次産業革命」という言葉である。曰く、迫り来る変革への挑戦「第4次産業革命」、 IoT・ビッグデータ・人工知能を統合した「第4次産業革命」、さらにこうした未来投資による生産性革命に手をこまねいていると、「企業や産業が短期間のうちに競争力を失う事態や、高い付加価値を生んできた熟練人材の知識・技能があっという間に陳腐化する」と、危機感をあらわにする。

 「第4次産業革命」とは、17世紀の英国で起った石炭と蒸気機関を活用した産業革命が第1次で、アメリカが20世紀の初頭に「T型フォード」の製造工場で電気エネルギーとベルトコンベアーを駆使した大量生産方式が第2次産業革命。さらに1980年代に日本がリードしたコンピューターとロポット技術を駆使した工場のマイクロエレクトロニクス(ME)革命が第3次産業革命。そして現在、 IoT (Internet of Things)」すなわち工場ラインや流通販売の市場、さらには消費者のビックデータを世界的規模で繋ぐ究極の自動化生産システムの時代に入りつつあり、これを「第4次産業革命」と呼ぶ。

 この「第4次産業革命」は、ドイツが国家戦略として“Industrie 4.0”に最も力を入れており一歩先行、アメリカもインテル、シスコ、GEやグーグルなどが世界の最先端機械工学、ロボット、情報テクノロジーがM&Aで世界覇権の基盤構築をめざしている。中国はGDPでアメリカを凌駕する2040年代から50年代に狙いを定め、第4次産業革命による製造業の高度化をめざす行動計画を策定したばかりだ。日本は産業用ロボットやセンサー技術、電子部品で世界に誇る技術を有しながら、IoTのような統合システムで後れを取っている。

「第4次産業革命」を担う「働き方改革」

 当初、新成長戦略の柱は労働市場改革だった。だが、その目玉として検討してきた「働き方改革」が見送られ、中味も乏しい女性の活躍推進にすり替ってしまった。女性の活躍推進を言うのであれば、専業主婦1000万人を「ママノべーション」でパワーを発揮する戦略を用意すべきだ。1000万人もの女性パワーを労働市場に呼び込むには、「2割職安」と揶揄されてきたハローワークでは到底無理で、人材紹介サービスや派遣会社の機能の活用が不可欠。最近アラフォー女性や主婦向けに特化した“しゅふJOB”とか“はたらこねっと”などの新手の人材サービスが登場しているが、これと連携した「ママノミクス」を早急に手掛けることを安倍内閣に提案したい。だが、たとえ主婦パワー1000万人の「国家総動員」に成功したとしても、日本経済の潜在成長力アップに結び付けるには、働く現場で彼女たちをその気にさせないと出来ない。

 OECDの調査によると、日本の労働者の単位労働時間当たり労働生産性は、2013年で41.3ドル(4,272円)で、これはOECD加盟34カ国中で20位である。主要先進7カ国では、米国(65.7ドル/第4位)の3分の2程度に止まっており最下位。せいぜいフランス(61.2ドル/第8位)、ドイツ(60.2ドル/第9位)並みになりたいものだ。政府は、センサーや人工知能(AI)を内蔵した「アシモ君」などの2足歩行ロボットの開発促進を通じて、労働力不足を補い生産性の向上で世界をリードしようとしている。しかし、「ひと型ロボット」の
ようなものでは世界に通用しない。

 今、我が国の経済社会の最大の政策課題は、正規と非正規の賃金格差と増大する貧困層の問題で、これらをまずもって今度の成長戦略の俎上に載せるべきだ。なぜならば既に非正規労働者が全就業者の4割に達し、今や工場やショップの現場は派遣やパートなしでは動かないからである。かつてカイゼンや提案活動、3S・5Sなどで要素生産性の高さを誇ってきたが、これは現場の労働者すなわち当時は正社員の協力と知恵が生かされたからだ。

 ところが、現在は女性パワーや派遣労働者、期間社員、限定正社員などの広義の非正規労働者、すなわち、いわゆる“ジョブ型社員”が現場を担う時代になっており、この現場で単位労働時間の一人当たり労働生産性を向上させるには、「第4次産業革命」の実行と併せ、その革命を担う人たちの「均等待遇」の実現という「働き方改革」を通じてしか実現の道はないのではないか。


12:51

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告