日誌


2024/12/13

POLITICAL ECONOMY第277号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
大幅賃上げ? お恵み春闘だ!――資本の完全勝利――
               経済アナリスト 柏木 勉

 日銀当座預金残高は現時点で依然532兆円もの巨額にのぼる(日銀営業毎旬報告より)。これだけのマネタリーベースの供給でもマネーストックはたいして増えず、多くが日銀当座預金にたまったままブタ積みになった。異次元緩和は基本的には失敗だったというべきである。なぜそうなったか?企業は内部留保をためこんでおり、また資本市場からの資金調達へシフトしていた。だから設備投資のために銀行からの借り入れはなくてすんだのだ(ただし、金融緩和による株価上昇は資金調達を助けた)。

  企業の投資はといえば、異次元緩和の前から国内でなく海外に向かっていた。企業は円高を逃れて、資本の論理に従って日本を見捨て、儲かるところに展開したのだ。投資は国外に大きく流出した。国内投資の伸びはほとんどないまま、海外直接投資は拡大の一途をたどった。とりわけ中国への進出は大きかった。中国の二けた成長は日本国内で不振にあえいでいた構造不況業種にも天の恵みとなった。他方、国内では事業構造改革と称して、解雇、ベアゼロ等々の人件費抑制が長期にわたって続いた。こうして企業の利益は膨れ上がった。どのくらい膨れ上がったか?
 
利益剰余金は130兆円から600兆円へ

 「1990 年代末に130兆円だった企業の利益剰余金は、アベノミクス開始直前に300兆円超まで増加し、2023 年度には600兆円の大台に乗せた」(河野龍太郎 MARKET ECONOMICS Weekly Economic Report 2024/12/20 (No1080))にもかかわらず、国内への投資はほとんど伸ばさないままだったから、マクロ的悪循環が形成されていった。国内投資抑制は技術革新を停滞させ、生産能力は低下した。長期の人件費抑制・コストカットは将来不安から個人消費を押さえ続けた。すると成長率は低下して、当然のことながら日本経済の成長展望は開けず、企業の投資抑制へと回帰して悪循環となったのである。だが悪循環になっても企業はかまわない。儲けていれば企業の目的は達せられている。国民生活を向上させることは企業の目的ではない。

  このようななか、実質賃金はどうなったか?通常行われる若干の分析を見よう。実質賃金伸び率=労働生産性伸び率+交易条件伸び率+労働分配率伸び率―(1式)である。

 この式は労働分配率の定義式から導かれる。だからこの式もただの定義式だ。従って因果関係を示すものではないが、労働側、経営側は自らの立場から因果関係を示
すものとして利用する。小生は当然労働側の立場から考える。そのうえで、99年から2023年
までを見るとどうなるか?(表参照) 

 労働生産性は15.4%伸びた。交易条件は5.5%下落、労働分配率は12ポイント下落。すると、実質賃金の伸び=15.4-5.5―12=△2.2  2.2%の下落である。(なお、実質賃金が下落したのは先進諸国では日本とイタリアだけだ)このうち実質賃金下落の最大の要因は労働分配率の低下である。では、労働分配率を低下させたものは何か? 同義反復になるが、(1式)から労働分配率伸び率=実質賃金伸び率-(労働生産性伸び率+交易条件伸び率)

 これから労働分配率が12ポイントも下落した理由がわかる。外部要因の交易条件を除けば、実質賃金を労働生産性の伸びに等しいだけ引き上げなかったからだ。そして、それを可能にしたのは大企業を中心とした労使協調路線への完全な転落だった。

 全く同じことをエコノミスト・河野龍太郎氏も主張している。河野氏は政府の審議会メンバーになるなど決して左翼でもリベラルでもない。そのような「穏健な」河野氏でさえ次の様に述べている。小生の考えと全く同じだ。紹介する。

 「過去四半世紀において、日本では、時間当たり生産性が 3 割改善しましたが、時間当たり実質賃金は全く増えていません。厳密には低下しています。米国では 5 割生産性が上がり、実質賃金は 25%程度上昇しています。 一方、ドイツやフランスは、日本に比べて生産性の改善は劣っていますが、実質賃金はフランスが 20%弱、ドイツは 15%弱改善しています。生産性の改善が全く 実質賃金に反映されていないのは、日本だけです。・・・・・・日本が長期停滞から抜け出せないのは、気が付かないうちに、日本の社会が 収奪的なシステムに変容しているからではないでしょうか・・・」(同前)。「限られた層に権力と富が集中する収奪的社会に、日本が陥りつつあるのではないかと懸念される。国内ではコストカットばかりの大企業も海外投資は拡大している。円安が進んでも国内の生産能力は減少し輸出も増えないため、貿易赤字が定着した。それでも経常黒字が拡大しているのは、海外投資収益が増大しているからだ」(同前)。

 「穏健」な方が「収奪」というのは驚きだ(正確には搾取の強化だが、大幅な法人税減税など収奪という面もある)。

 とはいえ、ここへきて企業サイドは若干の軌道修正をはかりつつある。さすがに、このままではまずいという状況になったからだ。長期にわたる賃金抑圧(実質的には30年間だ)が少子化を生み、それを放置してきたことから遂に人手不足となったからだ。また輸入インフレが物価上昇を招き国民の不満を高めている。これへの対応として政府、企業一体となって「大幅賃上げ」の合唱となった。

 だが、これが何を意味するか?ここまで述べてきたことから明らかだろう。労働側を完全に抑え込んだ資本の完全勝利だ。「大幅賃上げ」は労使協調路線への資本からのお恵みでしかない。 


21:04

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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