主役は誰?生活のペースは彼ら自身のもの
まちかどウオッチャー 金田麗子
最近職場の同僚が突然退職した。精神しょうがい者グループホームで働く同僚である。家庭の事情というのが退職理由のようであるが、何度か職員ミーティングで交わされた議論がすぐ思い出された。
運営団体の方針で、週に一度利用者が夕食にカレーを作る。我々はサポートに徹することになっているが、その職員はずっと同じメニューであることが納得いかないというのだ。同じ材料を使って別メニューが作れるのにと言う。提案そのものはありだなと思ったが、「それではメンバーさんに聞いてみましょう」と責任者が言うと、「成長しませんよ。本人の意向だけ聞いていたのでは」と反論する。ザラっとした空気が他のスタッフから流れた。
利用者が主体であって我々はあくまでも生活面のサポートだけであることを、責任者が丁寧に伝えたが、「はいはい」と言いムッとした様子を隠さなかった。他の施設を数か所経験してきている人で、「こんなに利用者の意見を聞くなんて他ではありえない。食べ物の好き嫌いだってなおしてあげなくちゃ」と毎回言う。そのたびに他のスタッフも反論するが、なんだか疲労感が増してうんざり。当人はとても良いことを提案しているつもりだから、やはり疲労とむなしさを感じていたようだった。
私自身精神科に長く通院した経験もあるし、親族に統合失調症やうつの患者がいる。友人にも更年期だけでなく仕事や人間関係のストレスが原因で、うつやパニック障害に長く苦しんでいる人は少なくない。自分も含めた彼ら彼女らが、グループホームを利用することは十分ありうる。その時食べ物の好き嫌いまで矯正されるなんて。そんな扱いをされることを想像しただけで怒りがパンパンに膨らむ。
急病手当給付に占める精神疾患での給付が顕著に伸びていることを、POSSEの今野晴貴が指摘している。全国健康保険協会「現金給付受給者状況調査」によると、若者の場合ほとんどが精神疾患であるという。
このグループホームでも、就労してから発病し、失業や長い入院生活を経験してから利用している人たちがほとんどである。
先日カレーの日の夕食後、利用者同士が一日を振り返って発言する時間に、「私はずっとカレーを作る自信がなく苦痛な時もあった。でも最近やっと大丈夫かなと思えるようになった」と発言した人がいた。ああそうだったかと驚いた。とても落ち着いて上手に作っていたから、こんな悩みがあったとは気が付かなかった。辞めたスタッフにも聞かせたかった。ここでの生活時間のペースは彼ら自身のもので、改めて主役は彼らであることを実感した。
「誰一人取り残さない」って主語は何?
ところで統一地方選である。唐突のようだが私の地元神奈川県知事選の時に、職場のザラっとした体験同様の思いをした。
3選目を目指す現職に対し対立候補は一人きり。与野党が相乗り支援の現職に、共産党推薦の市民活動家の女性候補という構図で、現職圧倒的有利はわかっていたが、せめて現職への批判票と思いいつも対立候補に一票投じているのだが、選挙ポスターを見て唖然とした。慈愛のこもった笑みを浮かべた候補者の横に「誰一人とり残さない」というスローガン。ざわざわとイヤーな気分になった。
候補者の基本政策によると、「非正規労働者の処遇改善のために時給1500円に」とか、「18歳までの医療費ゼロ」などの項目が並ぶから、福祉や格差是正に取り組むということなのだが、「誰一人取り残さない」って主語は何?
「取り残す人を出さないよう行動する私たち」が主語でしょう。「助ける人」「助けられる人」が固定化されている発想。「助ける人」が主語であることに疑問を抱かない。上から目線が露骨でイヤーな気分。
非正規労働者も下流老人も貧困女子も子供の貧困もすでに特別な存在ではない。最近厚生労働省が発表した、2018年賃金構造基本統計調査によると、低賃金層の正社員が拡大しているという。正社員といっても昇給制度もなく、非正規とさほど変わらぬ低賃金。介護、保育、外食、小売り、運輸などに広がる「低賃金労働市場」。
一方で公務員の「非正規化」も地方自治体で進んでいる。総務省2016年時点での調査によると、非正規雇用は64万人。2005年調査時に比し4割増えた。93の自治体で、非常勤や臨時採用職員が5割を超えている。非正規職員の75%は女性である。
少数の巨額の富の持ち主を除いて、病気やリストラ、失業、離婚、高齢化などをきっかけに、誰もが貧困に陥るかもしれない社会に我々は直面し生きている。貯蓄などあっという間に底をつく。公務員夫婦だった私の両親も、90才近くになって「こんなはずじゃなかった」と嘆き、通院も嫌がっている。
その不安をどうすれば解消できるか。そのための施策は「助ける人」「助けられる人」を固定化した発想ではなく、すべての人を主語にするべきなのは言うまでもない。