日誌


2014/10/19

「グローカル通信」第10号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
広島で働く外国人技能実習生の現状

                           労働調査協議会客員調査研究員 白石利政

県内の技能実習生は7,600人強

 外国人技能実習制度が改めて注目されている。1997年の就労期間の延長や2010年の実習生への労働法令に適用など、「実習という名の労働(出稼ぎ)」から「労働(出稼ぎ)という名の実習」へと、実態にあわせ修正してきたが、人手不足の深刻化のなかでさらに一歩踏み出して、実習生の滞留期間の3年から実質5年への延長や受け入れ人数の上限の見直し、実習対象を現行の68職種から介護を含めた5職種程度拡充することが検討されている。

 周知のようにこの現行制度については国内外で人権無視や過酷な労働に対し厳しい目が向けられている。現在、広島県内在留の技能実習生は7,648人。国籍別では6割強が中国人(4,843人)でベトナム(1,133人)、フィリピン(939人)で大半を占める(広島労働局「外国人雇用状況の届出状況(2013年10月末現在)」)。この間、公表された技能実習に関する二つの報告書をもとに県内の状況を紹介したい。

カキ養殖業者の8割強で技能実習生を雇用

 広島の特産品であるカキの養殖は、採苗から収穫まで2年から3年もかかり、カキ筏から作業場までの運搬は潮の干満に左右されるため、早朝作業を伴いカキのむき身を取り出す作業はコツと根気のいる作業である。昨年の3月、江田島市のカキ養殖の作業場で中国人技能実習生による殺傷事件が発生し世間に衝撃が走った。

 事件後に県水産課が実施したアンケートから、県内のカキ養殖業者314業者中技能実習生を受け入れているのは261業者で8割を超え技能実習生の合計は793人で、その大半は中国人(772人)であることがわかった。今や広島のカキの養殖事業は中国人技能実習生抜きでは成り立たない。この中国人技能実習生の内訳は男性が321人で女性が451人、実習期間は1年目が471人と多いが2年目も207人、3年目も94人いる。居住区分(212件)は「借り上げアパート」(73件)、「作業場内の居住区」(64件)、「別棟に居住棟を設置」(67件)、「その他」(8件)と多様であった。給与体系(155業者)は「最低賃金で時間給」(147件)がほとんどであるが「最低賃金以上で時間給」(6件)や「月給・日給」(2件)を採用しているところも出ている。非正規雇用が拡大するなかで、最低賃金の重要性が増しているが同じことは技能実習生にも当てはまる(広島県水産課「かき養殖作業実習生就業実態調査結果『中間報告』」2013年7月)。

労働基準関係法規の違反率は82.0%

 この技能実習生の受け入れ事業場での法令遵守が依然として大きな課題である。厚生労働省広島労働局が2013年に調査した250事業場のうち何らかの労働基準関係法令違反が確認されたのは205事業場、なんと82.0%にもなり、この違反率はこの4年間ほとんど変わりなく、また全国平均を上回り続けている。

 違反内容別の違反率は「安全関係」(42.8%)、「衛生関係」(38.4%)、「労働時間(労基法第32条)」(27.2%)、「割増賃金の支払(労基法第37条)」(19.6%)、「労働条件の明示(労基法第15条)」(15.6%)、「賃金の支払(労基法第24条)」(6.0%)、「寄宿舎関係(労基法第96条)」(4.4%)、「最低賃金の支払(最低賃金法第4条)」(2事業場0.8%)となっている。具体的な例として、無協定での家賃・光熱費の控除、適法な協定なく預金通帳の事業者保管、時間外労働に対し1年以上に1時間当たり400円しか支給していないといったケースが紹介されている(厚生労働省広島労働局「外国人技能実習生雇用事業場の平成25年監督指導結果」2013年10月)。この制度発足時の問題が依然として解消しておらず、人を雇うに値しない事業者が根絶されていない。

ブラック事業者の淘汰促進を

 今回の技能実習制度の見直し論議のなかで、10月30日に開かれた厚生労働省の検討会で示された政府案では「新設する監視機関が受け入れ先の企業に対し、3年に1度立ち入り検査する方針」が明らかにされた(朝日新聞大阪本社10月31日)。2010年の法案成立について、「余計な事をしやがって」というカキ受け入れ事業者のいることを聞いた。

 現代の社会・経済の状況について「三だけ主義(今だけ、金だけ、自分だけ)」という指摘があるそうだ(NHKラジオ11月6日の「ビジネス展望」で藤原直哉氏が紹介)。技能実習制度の現状を考えるにつけ、当てはまるように思えてならない。技能実習生が働く職場の法令遵守の定着と広島の大切な産業を守るためにもブラックな技能実習生受け入れ事業者の淘汰を促進すべきである。


21:42

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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