日誌


2019/06/08

POLITICAL ECONOMY143号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
「実感なき景気後退」ですむのか
                   経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

 日本銀行の6月の全国企業短期経済観測調査によれば、大企業製造業の業況判断指数(DI)は前回調査(3月)から5ポイント悪化プラス7となった。2四半期連続の悪化、横ばいを入れると17年12月をピークに悪化し続けていることになる。一方、内閣府の景気ウォッチャー調査によると5月の現状判断DIは前月比1.2ポイント悪化し44.1となった。景気の現状はジリジリ後退する方向に向かっているのだろう。

中国向け輸出が激減

 しかし、ガクッと落ち込んだわけではないので「実感なき景気後退」といったところではないか。景気回復期も勢いがなかったので「実感なき景気回復」から「実感なき景気後退」に移ったことになる。

 なぜ景気後退に向かったのか。理由は輸出の減少である。米中貿易戦争の影響もあって中国経済に陰りが出てきたことが響いている。1-5月の輸出は前年1-5月比で4.3%減だったが、中国向けは0.1%も減少している。対比的なのがアメリカ向けで5.2%伸ばしている。日本の輸出先トップは中国とアメリカが競い合ってきたが、昨年11月から連続7ヵ月アメリカがトップとなっている。は過去1年の中国・アメリカ・世界向け輸出の前年同月比である。中国向けの激減ぶりがわかる。
 
 問題は国内需要だ。GDPの55%を占める個人消費は、わずかな伸びにとどまり一向に盛り上がらない。この状況の中で食品の値上がりが4月頃から続いている。4、5月には牛乳、ヨーグルト、サバ缶など800品目以上の品目が値上げした。6月も大手メーカーの即席麺やアイスクリーム、食用油、食塩、ドレッシングといった食品にとどまらず、映画館、文房具、損保大手の火災保険料など値上げラッシュが続いている。

 ただし、消費に力がないのでスーパーなど小売業は一部値上げを吸収、最終価格は小幅値上げにとどめ、消費者の値上げ感覚を薄くしている。値上げの理由は人件費、物流費のアップとされているが、10月に予定されている消費増税の際には食品は軽減税率が適用され値上げできないため、今のうちにという思惑があるという。

 統計を見ても消費者物価指数は上昇が続いている。5月の消費者物価は生鮮食品を除く総合で前年同月比0.8%増、生鮮食品及びエネルギーを除く総合でも0.5%増となっている。

 ところが賃金は5月の実質賃金上昇率は-1.1%で、4ヵ月連続マイナスが続いている。賃金がろくに上がらず物価が上がれば実質賃金が下がるのは当然だろう。

後退に向かう世界経済

 では、景気はこの先どうなるのだろうか。「実感なき景気後退」ですむのだろうか。最大の問題は世界経済の三つのリスクである。ひとつは米中貿易戦争でアメリカが第4弾を実施するのかどうか。3805品目の中国製品に25%の関税が掛けられれば、その影響ははかりしれない。G20における米中会談でトランプ大統領は当面延期を明らかにした。
 
 二つ目はブレグジットである。イギリスのEU離脱が「合意なき離脱」になれば、これまたその影響は大である。交渉期限は10月末、7月末には新しい首相が決まるが、離脱強硬派となる可能性が高く、行方は予断を許さない。

 三つ目はイラン情勢だ。アメリカとイランとは偶発的な紛争がい
つ起こってもおかしくない情勢になっている。有事となれば原油は高騰する。この三つのうちひとつでも思わぬ方向に動けば世界経済は一気に悪化しリセッションとなる。

 この三つのリスクの中でふたつはトランプ大統領がキャスティングボートを握っている。まさに「世界経済はトランプ次第」とも言える。また、この三つのリスクはこれまでそうだったように先延ばしもありうる。そうなればとりあえず目先は大きく落ち込まないことになる。

 ただし世界経済にはもう一つ問題を抱えている。世界経済を引っ張ってきたアメリカ経済が、先行き景気後退局面に入りそうなことだ。FRB(連邦準備制度理事会)は金融緩和に舵を切り予防的利下げをちらつかせている。すでに景気後退に向かっているEUもECB(欧州中央銀行)がFRBに歩調をあわせ金融緩和の必要性を明らかにしている。

 米欧の動きを見て日銀の黒田総裁も金融緩和に向けた意思を示しているが、緩和が本格化すれば日銀に打つ手はほとんどない。現在年間6兆円としている日銀によるETF(上場投資信託)購入目標の引き上げなどが考えられる。しかし、さらなる金融緩和となれば金融機関の一層の経営悪化という副作用を覚悟してマイナス金利の深掘りに手をつけるしかなくなる。

 日本経済にはもっと大きな問題がある。10月からの消費増税だ。すでに景気対策を含む6兆円を超える手厚い対策を予算化しているが、日本経済.世界経済の先行きを考えるとタイミングが悪すぎる。政府は参議院選終了後、9月にも臨時国会を召集し、財政出動を行わざるを得なくなるのではないか。



16:25

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告