日誌


2019/05/18

POLITICAL ECONOMY142号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
年金「2000万円不足」問題の本質
           グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢

 老後の金融資産に2000万円必要との試算を示した金融庁の報告書が、国民の不安をあおったとして事実上の撤回に追い込まれ、安倍内閣が揺れている。

 ことの発端は、金融庁の金融審議会の市場ワーキンググループが、男性65歳以上、女性が60歳以上の高齢者世帯の夫婦が、95歳までの30年にわたって年金生活をおくるとすると、現在の年金収入だけでは毎月約5万円の赤字になり、今後30年で2000万円が不足するとしたことである。

 この「月約5万円の赤字」と「30年で2000万円不足」という数字は、夫65歳・妻60歳以上の世帯収入は、年金など社会保障給付による月20万9198円であるの対して、支出については総務省の家計調査をもとに食料・光熱・医療・教養娯楽・税などで合計が26万3718円になり、差し引きすると月々5万4458円の赤字、これを95歳まで30年間の金利で割り戻すと2000万円の資金が必要だというものである。

 これに一部の新聞やテレビのワイドショーが食いつき、多くのコメンテーターたちは、「そんなこと急にいわれても」とか「2000万円の貯蓄なんて」とかの大合唱となったのである。また、国会でも、蓮舫議員が「2000万円ないと生きていけない、日本はそんな国なのか」、「100年安心の年金と言ったのは、ウソだったのか」と攻め寄る。

高齢者の現状を顕在化させた「報告書」

 だが、ちょっと冷静に考えれば分かることだが、65歳以上の夫婦二人世帯が毎月「5万円の赤字」がホントならば、一体どうやって暮しているのか、そのこと方が重要だということに気がつくはずである。預金を取り崩すか、何らかの収入を稼いでいるのか、あるいは支出を切り詰めて暮しているのである。

 家計調査によると、高齢世帯の4割は、2000万円以上の預貯金を保有している。この一部の金持高齢世帯が家計調査の数字を引き上げ、これを使った金融庁の試算は支出が高すぎ、赤字が過大になつている。

 元々、家計簿を毎日つける家計調査には引き受け手がない上に、貧困層の協力を得にくく、比較的裕福な調査サンプルに偏る傾向がある。こうした事情が、高齢者世帯の間の格差問題を表面に現れない構図になっているが、はからずも今度の報告書は、実は「日本はそんな国なのだ」ということを明らかにしたわけで、金融庁にはアッパレを上げてもいい。

 この問題が顕在化しなかった今ひとつの理由は、高齢者世帯の中にも分厚い中間層がいて、これら世帯はそこそこ蓄えをあって、支出項目の中で教養娯楽費の額が厚さから推察すると、まあまあそれなりの生活を過ごしている層がいるとみていい。

 だが、60年安保世代は80歳を迎え、団塊世代が70代に突入して、これら高度経済成長の報いともいうべき退職金や企業年金の恩恵をうけた世代が高齢世代の主役を務める時代は、あと10年もすれば終わろうとしている。その後はフリーターや派遣などの国民年金を受給する世代が高齢者世帯において比重を高める時代に移行する時期が迫りつつある。

 金融広報中央委員会の世論調査によると、老後の生活を心配する人は8割にのぼる。とりわけ懸念されるのが国民年金のみに加入する非正規労働者世帯だ。現在のフリーターなど制度創設時に想定していなかった加入者で、このままでは都市部で貧困高齢世帯が激増が予測される。これに対する政府並びに有識者の多くは、老後の備えとして厚生年金への加入拡大などの公的年金改革を進めるというスタンスをとる。

 今度の金融庁試算は、イデコ(個人型確定拠出年金)とかNISA(少額投資非課税制度)などの金融商品をお勧めして、資産形成によって老後の安心を担保しようというものであるが、これができるのは限られた所得階層の人達だけで、大多数の年金世帯の不安はそのまま
である。

増える非正規労働者に合わせた年金改革が必要

  事態はもっと切迫している。AI革命の進行と併行して起こっている雇用・労働構造のかつてない大変貌が、フリーランス、クラウドワーカー、独立専門職など拡大を及ぼし、私が「働き方フリー労働者」と呼んでいる人たちが、既に概算で1800万人に達しようとしているからである。

  こうしたNEWウェーブの働き方をする人々が、正社員やパートタイマー、契約社員の数を上回り、雇用者の大宗を占める時代となると、正社員の現役世代が高齢世帯を修正賦課方式で支える公的年金制度は立ち行かなくなってくる。

  こうなると、厚生・国民・共済の三代年金制度の抜本的一体改革が必至である。

  私は、既に20年前から、「究極の年金改革」案を「現代の理論」誌等で提案している。その骨子を示すと

①老後生活のシビル・ミニマムを保障する水準として、65歳以上のひとびとに誰にでもあまねく基礎年金8.5万円の個人年金を保障し、夫婦二人世帯で17万円の支給となる。

② また、単身者には8.5+3.5万円を付加給付して12万円を支給する。
③ 財源は、消費税10%にする。消費税の方式は、インボイス(納税者番号)付の付加価値税として、食料品等の例外は一切なしにする。

④ こうした公的年金制度のサスティナビリティー(持続性)を保持するには、住宅・医療・介護などの公的サービスの拡充を通じた高齢者の生活インフラの公的サービスで供給することが、制度的大前提であるである。

 ただ、この私の年金制度改革は20年以上も前のもので、現状にあわせて新提案を準備しているところである。       


15:48

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告