日誌


2019/06/09

POLITICAL ECONOMY144号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
統一地方選挙で想う地域社会

                           労働調査協議会客員調査研究員 白石利政

 今年は統一地方選挙の年。低い投票率と少ない女性議員、対立候補者不足などが話題となった。この地に移って7年が経つ。前回無投票に終わった県会議員選挙も今回は投票することができた。近いうち市長選挙も始まる。身近な選挙になるほど全国政党は少なくなり「無所属」候補が増え候補者を見定めるのに悩む。

地域社会が注目されている

 統一地方選もあって、「地域社会」が頭をよぎるなか、次のような指摘が目についた。ひとつは、地域社会は「市場経済に参入する人を育てる場、セーフティネット、とともに政治的行動を起こす時の基盤としての役割」があるというもの(ラグラム・ラジャン「(インタビュー)地域社会が世界を救う」朝日新聞2019年6月20日)。もうひとつは「デモクラシーは、それが高い価値として掲げる『自由と平等』とは全く逆の価値、即ち『専制と不平等』を生み出す危険性をはらむ。それを阻むためには、地方自治が重要な役割を担わねばならない。だが日本において、地域社会という身近なところから自分たちで物事を決めていくという精神は、十分成熟しているのだろうか」である(猪木武徳「デモクラシーの宿命-歴史に何を学ぶか」2019年)。

 民主主義とセーフティネットを地域社会から作り上げていくには、国家と個人の間にあって、政治結社や大企業、労働組合、各種職能団体、消費者団体など「中間組織」の役割は欠かせないし、その社会のなかでの位置づけは国家の特徴をなしているようにすら思われる。国家の役割の大きいスウェーデンと小さいアメリカについてメモってみた。

スウェーデン=市民生活の中の政党

 国と自律心の強い個人が、生活不安に遭遇しても家族に頼ることなく暮らしていける社会を構築している。それは、「20世紀の大半において、スウェーデンは完全雇用や世界最高レベルの賃金、ゆとりある国民の休日や未曾有の経済的繁栄を謳歌していた。……当時のスウェーデンには『優しい全体主義』という言葉のほうが、ふさわしいと思う」と言われるほどだ(マイケル・ブース「限りなく完璧に近い人々 なぜ北欧の暮らしは 世界一幸せなのか」2016年)。


 このような仕組みの構築に大きな役割を果たした組織は社民党と、それとタッグを組んだLO(労働組合)である。20世紀後半の社民党は「巨大な自己組織を持つだけでなく、市民生活密着型組織を広範に系列化している」「社民党組織のネットワークは、市民生活のあらゆる領域にまで浸透しており、文字通り、政党が市民の生活風景の一部になって」いた(表参照。岡沢憲芙「政党」東京大学出版会 1988年)。21世紀に入って、社民党は、LO(組合員数はこの40年間に80万人強減少)とともに、以前のような勢いはみられないものの、「中間組織」としての役割は失せていないように思われる。

アメリカ=市民活動のプラットホーム

 個人と家族を重視、国家の干渉を嫌う生活スタイルのアメリカでは、政策提案型のNPOやボランティアなどの「中間組織」が活躍しているようだ。

 市民活動が活発で魅力ある街づくりで注目されている地方自治体の記事を目にした。それは、全米一住みたい街に選ばれたこともあるポートランド市(オレゴン州、人口約65万人。消費税ゼロ)についてである。歴史的に民主党が強いところ。ここで活躍しているのは「Neighborhood Association」である。

 「自治会・町内会に似ていて、政策をめぐって市当局と住民の仲立ちをする。市の支援もある」組織で、「1970年代には全米で盛んだったが、その後は衰えた。でも、ここは違い」、市のウェブサイトでは90を超え、市民活動の支援・促進する役割を担っているそうだ。(秋山訓子編集委員 Globe「『こだわり』と『きれいごと』のポートランド」 July 2019 No.219)。参加型の地域社会づくりとそれを支える市民組織が根付いているようだ。

それでは日本は

 戦後の日本では、企業が生活の安定に果たした役割は大きい。その軸になっていたのは雇用の安定・維持である。しかし、グローバル化とAIなどの技術革新で雇用の長期的・安定的確保は容易ではない。

 10年前の「雇用環境も福祉も欧米以下! 日本は『世界で一番冷たい』格差社会」との警鐘は今も解消されていない(マルガリータ・エステベス・アベ DIAMOND online 2008年6月30日)。また、シュピーゲル誌の東京支局長を長年勤めたヴィーラント・ワーグナーが著した本のタイトルは、そのまま日本語に移すと「日本-威厳ある下降」となるそうだ。その意味を訊かれ、「日本人は礼儀正しいイメージがあるんですね。ですから、最後まで表をきちんと保ちながら、実はもう結構ボロボロという感じ」と説明している(日本記者クラブでの話 2018年11月19日)。

 戦後、きだみのるはイギリス人から「日本の農村に政党の必要があるか」と問われ、「とくに必要はない。部落や村は少数の分派か出来るのを嫌うから」と答えていた(「にっぽん部落」1967年)。それから半世紀、私の住んでいるところではあまり変わっていない感じがする。また県内や市内にはNPOセンターやスポーツ、学校支援活動などのボランティア組織が活動しているが政策提案活動は聞こえない。

 この地においても「中間組織」は揃っている。しかし、スウェーデンやポートランド市で触れたような軸がみえない。改革が求められている今日、各「中間組織」は、もう少し旗幟を鮮明にし、市民の参加を促し、行政への働きかけを強めることが求められている。                

08:27

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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