日誌


2019/06/19

POLITICAL ECONOMY145号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
チベット紀行(上)
チベットの鉄道で出会った2人の青年

                                             経済アナリスト 柏木 勉

 チベット紀行といっても総計21人の団体旅行の感想記だ。6月上旬に8日間の日程で出かけた。

 この旅行の最大の収穫は、チベット人ミュージシャンとそのマネージャーらしき若い二人組と、列車の中で同席になったこと。二人は北京や上海で公演してラサへの帰りだった。印象が鮮烈だったので今回はそれだけを書かせてもらう。

 列車は「青蔵鉄道」。チベットへ向かう人気の鉄道だ。チベットのラサまで25時間乗った。寝台車だ。列車は最高で標高5000m強まで登った。一応与圧室なので、高山病でおかしくなることはなかった。

(注、だが、青蔵鉄道の開通はラサやチベットへの観光客の大量流入を惹き起こし、2008年ラサ暴動のきっかけになったとも云われるが)

 チベットの二人組とは、ラサの少し手前から同じコンパートメントに乗り合わせた。こちらは私と私の友達。私の友達は中国語の日常会話なら不自由しない。私は全く駄目だが。二人組は、私たちと顔をあわせるなり「日本人、大歓迎、大歓迎」という調子で、大袈裟なジェスチャー混じりで話しかけてくる。ワイワイガヤガヤ大声で笑いながら冗談をとばし、最初からテンションが上がりっぱなし。
 
一番驚いたのは彼らのいでたち(添付写真参照)

 チベットの若い者の生活がどんなものか、今まで考えたことも見たこともなかったので、彼らのいでたちを見て驚いた。だが考えてみれば中国は急成長してきた(チベットは「西部大開発」)のだから、チベットの若者も今風になるのは当たり前。日本や西側のマスコミは、昔ながらの民族衣装の中高年や年寄り、あるいはチベット僧の映像しか流さない。だから我らも若い連中のことなど想像しないわけだ。

 一人はミュージシャンで32歳とか。手首から肩までタトウだ。多分背中も。もう一人は確か34歳といっていたが、マネージャー役に見えた。ラサでバーのバーテンダーもやっているとのこと。しかし、それだけでなく大型バイクの ハーレーダビッドソンを乗り回すグループのリーダーだ。グループの名は、ヒンズー教やチベット仏教の神仏の鳥「ガルーダ」。

 メンバーは15、6人、真っ黒なそろいの皮ジャンをつくり、ジャンパーにガルーダのエンブレムを張り付けている。大型のハーレーでぶっ飛ばすのだから、まあ、日本でいう暴走族の連中と同じようなものだろう。

 こっちが勝手につくっていたチベット人のイメージと、彼らのタトウや?の皮ジャン、大型バイクのハーレーとのギャップがあまりにも大きく、「そうかー、これがチベットの若い連中の実態なのだ」と驚いた。

 ミュージシャンはシンガーソングライター。根っからの芸能人だ。すぐにギターをとりだし歌ってくれた。公演中の写真もスマートフォンでみせてくれた。

 3時間ぐらいコンパートメントで一緒だったが、2時間半ぐらいギターをひきながら歌ったりしゃべったりが続き、それが止まらない。おかげでタダで素晴らしい歌と演奏を聞かせてもらった。

若い者が好きなのはロック

 ギターについては、かなりのテクニシャン。うまい。ロックからチベットの伝統的な曲までなんでも歌う。ロック、カントリー、バラード、昔のフォーク等々。同じ曲をロック調、カントリー調、日本調、中国調、「タイはこんな調子」とか云いながら歌い分ける。

 「チベットの若い者はロックが好きか?」ときくと「そうだ、好きだ」という返事。逆に、何人かの日本の若い歌手の歌を冒頭だけ歌って、「この歌手を知っているか?」と聞かれたが、私たちは最近の歌手をトンと知らないので、少しがっかりした様子だった。

 ボブ・ディランの「風に吹かれて」を歌い始めたので、「ボブ・ディランは好きか?」と聞くと、うなずいてから喉を押さえて撫でまわす。ディランのダミ声のことを言いたかったのだろう。双方で大笑いした。

 ダミ声という点では、彼はモンゴルの男たちが歌うホーミーも歌える。自在にホーミーをおりまぜながら歌うのでびっくりした(聞きながら思い出したが、チベットとモンゴルは大昔から政治的・文化的なつながりが深く、モンゴル人が多く住む。いってみ
れば一体だ)。

 「自分がつくった曲を聞かせてくれ」と注文したら、「OK、自分で好きな曲は「ヒマラヤ」という曲だ」といいながら歌いだした。それが実にいい曲で、ゆったりとしたテンポで、何というか悲哀を帯びて、それでいて希望や願いをヒマラヤに託しているような、歌とギターが一体となって、一言でいうと「ヒマラヤへの愛」を感じさせる曲だった。感動した。

 「いい曲だ、素晴らしい。ヒマラヤへの愛の歌だね」と私の友達が云うと、嬉しそうに微笑えんだ。歌手の彼は、さかんに私たちにむかって、「世界の人々はひとつだ、ひとつだ。ONE PEOPLE、ONE PEOPLE」と何度も繰り返す。歌手やアーティストがよく言う言葉だが、2時間半も歌ったりしゃべったりして、自作の素晴らしい歌も歌ってくれたので、心に響いた。

 というわけで、二人組と出会って、これまで中国へ出かけて中では最高の思い出になったという次第です。

 だが、あまり良くないことも読者に知らせておこう。昨年の国連の報告書によると、中国政府はチベット人へのパスポート発行を禁止している。ということで、二人組は外国公演ができない。また報道によれば外国との電子メールも制限があるようだ。日本から二人の写真を送ることもできない。中国政府・共産党による暴動・テロ対策の厳戒態勢の一環である。(つづく



10:45

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告