日誌


2014/04/07

POLTICAL ECONOMY第16号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
欧州金融取引税の歴史的意味

                    横浜市立大学名誉教授・金子文夫

 2011年9月、EUの行政府である欧州委員会が、EU加盟国に対して金融取引税の導入を要請するEU指令案を発出した。2008年のリーマン・ショック、2010年以降のユーロ危機のなかで、金融機関に対して大量の公的資金を投入してきた見返りとして、応分の税負担を求める趣旨の指令案である。要点は、EU域内の金融機関が取引する金融商品(株式、債券、デリバティブ等)に広く薄く課税し(税率は証券0.1%、デリバティブ0.01%)、金融危機に備える財源とすることであった。当初の予想税収はおよそ570億ユーロとされた。

 グローバル金融危機を発端とする金融機関への新規課税案は、まずG20の場で提起され、IMFが様々な手法を検討したが、時間が経ち、危機感が薄れるにつれて取り組みは曖昧なものになっていった。そうしたなかで欧州委員会は、EU独自の課税案を提起したわけである。

 この提案に対して、イギリスを筆頭として反対の声があがり、EU全体としての実施は無理となったものの、積極的な11カ国が先行実施することになった。そのなかには、ドイツ、フランス、イタリア、スペインなどEU内の主要国が含まれており、国の数でこそ過半数に満たないが、GDPでは9割に達するという。

ドイツとフランスが主導権を発揮

 実施時期は2014年1月と設定されたが、課税範囲、課税回避対策などの課題の詰めに時間がかかり、先延ばしとなっている。しかし、導入に強い意欲を示すドイツとフランスが主導権を発揮し、5月中に具体策が明確にされる見込みである。

 欧州金融取引税には4点の目的が込められており、それぞれに歴史的意味を有していると考えられる。第一は、金融危機対応として金融機関に負担を求めることである。金融のグローバル化のなかで、金融取引は投機的な様相を深め、好況時には巨額の利益をあげる一方、危機に際しては実体経済に深刻な損害を与え、自らは公的資金で救済された。こうした金融セクターのあり方に対する欧州市民の批判の声は強く、救済措置への弁済、および今後起こりうる危機に備える保険の意味で、課税案が提起された。

 第二は、EU統一税制の整備である。統合過程にあるEUでは、財政や税制の共通化が課題になっており、課税主権は各国に残しながらも、共通課税制度によって実質的に税制統一に一歩前進を図る意味がある。税収の使途の面でも、一定割合をEU独自財源とする構想があるが、詳細は未定のようである。いずれにせよ、ユーロ危機を欧州統合のバネにしようとするEU指導部の目論見がうかがえる。

投機的取引に規制

 第三は、投機的金融取引の規制である。かつて投機的な通貨取引を抑制するトービン税が提起されたことがあったが、今回の金融取引税では通貨取引はデリバティブを除いて対象外とされている。しかし、株式の高頻度取引など、投機的な金融取引が横行している現状を規制する意味は大きいと思われる。結果として、わずかな税率であっても取引量そのものは相当減少すると見込まれる。

 第四は、国際連帯税として税収が地球規模課題に振り向けられる可能性である。国際連帯税は、国境を越える経済活動に課税し、税収を貧困・開発・環境等のグローバルな課題に投入する趣旨であり、欧州金融取引税はそれとは異なるが、フランスなどは税収の一部を地球規模課題にあてる意図を表明している。その意味で、金融取引税を拡充できれば、国際連帯税の実現に向かう可能性を秘めている。

 日本ではまだあまり関心が高まっていないが、もしEU11カ国で金融取引税が実施されれば、その金融機関と取引する日本の金融機関も納税義務を負うことになる。今後の成り行きに注目したい。


15:56

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

LINK

次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告