定まらない「トランプノミクス」評価
NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田芳年
米国の次期大統領となるトランプ氏の経済政策「トランプノミクス」の是非が経済論壇の焦点になっている。トランプ氏自身が選挙中に公約したことと、選挙後に語っていることに相当な変化があり、政策を判定する難しさはあるものの、どこに評価のポイントがあるのか探って見るのも興味深い。そこで、選挙前と選挙後の代表的な論考を紹介、どの辺りが評価を左右するポイントになるのかを考えた。
まず選挙前の評論から。ウォール・ストリートジャーナル(WSJ)が、大統領選中盤の6月、「トランプ氏の経済政策、景気縮小と大量失業招く恐れ」と題してムーディーズ・アナリティックスのリポートを紹介、トランプ候補の当選を牽制した。同リポートは税制、貿易、移民、政府支出に関するトランプ氏の提案が、米経済にもたらす累計的な利益と損失を初めて数値化しようとしたもので、「同氏の政策を全て採用した場合、1期目の4年間で国内総生産(GDP)は急減し、350万人が失業するとの推計をはじき出した」という。
短期的に悪影響が大きいものとして貿易政策と移民政策を挙げ、「雇用市場のスラック(余剰資源)がもはや以前ほど大きくないことを考えると、トランプ氏の政策は労働力や財の価格を大幅に押し上げかねず、これは経済に深刻な弊害をもたらす大規模な供給ショックだ」とし、貿易面では「メキシコと中国に対する輸入関税の引き上げで財の輸入価格は15%上昇し、消費者物価全体が3%押し上げられる可能性がある。実際にはさらに、米輸出企業への報復措置に伴うコストも発生する」と分析。「FRBは本来想定していたよりも速いペースでの利上げを余儀なくされ、早急な利上げが足かせとなる中で米経済は2018年にリセッション入りする」と結論付けている。
次いで選挙後の論評。11月21日、ロイターネット版に掲載された「トランプ相場はまだ序章、大減税の衝撃」と題する竹中正治龍谷大教授の論考で、「私を含むエコノミストが選挙前まで想定していたことをかなり修正するインパクトが生じる。変化の方向はインフレ率アップ、金利高、ドル高、短期・中期の景気の上振れである」と断言している。
同教授は選挙直後の10日に開催された全米のエコノミスト会合に出席、そこで目を引いたのは「トランプ減税の規模を推計した報告だった」という。減税案は法人税減税(税率を35%から15%に引き下げ)、個人所得税の減税(現行の7段階の累進税率を12%、25%、33%に引き下げ、最高税率は現行の39.6%から33%に引き下げ)、キャピタルゲイン並びに配当に対する減税延長(現行の0%、15%、20%の税率を維持)、相続税の撤廃などからなり、減税規模は10年間で4兆~5.5兆ドル。「この減税案の年間規模はGDPの2.8%にも及ぶ。平時において実施される減税規模としては空前のものとなるだろう」。
同教授の推計では「仮にGDPの2.8%に及ぶ減税の3分の1が消費や設備投資の支出増に充てられ、他の条件は変わらないとすると、それだけでGDPの約0.9%分の内需となってGDPを押し上げ、成長率は3%を超える」という。大統領選結果発表直後の東京市場のドル安円買い・株安が一晩でドル買い円安・株高に変転したのは、投資家が「大減税実施のインパクトを考えて相場観を修正」したためと見る。
減税の評価で分かれる
論評の前者は通商面の保護主義と移民規制(労働力の供給減)が米国経済にスタグフレーションを招き入れ、長期的なリセッションに追いやるという見方だ。一方、後者は大減税とインフラ投資の促進が米国景気を押し上げ、短期・中期の景気の拡大を予想する。両者ともインフレ率アップ、金利高、ドル高予想で足並みを揃えるが、減税を巡って評価が分かれるようだ。WSJリポートでは「政府支出や減税を実現するためには、連邦予算で1兆ドルの財政赤字が発生しないよう他の歳出を大幅に削減しなければならない」と分析しており、トランプ予算が実行に移される2017年10月以降の効果には懐疑的。
欧米市場のドル高、株高は、後者のシナリオに市場参加者が傾いた結果だが、市場が反転する「トランプ・ショック」の再燃が遠のいたわけではない。投資家たちはトランプ氏の一挙手一投足を材料に投機に明け暮れるだろうが、トランプノミクスの世界経済への影響が見極められない限り、エコノミストたちの漂流が続
くように思われる。