日誌


2015/07/23

POLITICAL ECONOMY第34号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
落ち込む中国経済のファンダメンタルズ 
            
         NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田芳年
                            
 為替や株価が急変動に見舞われる、乱高下すると、「市場が神経質になっており、ちょっとしたデータに反応しただけ。一時的な動きで、ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)に大きな変動はなく、いずれ収まる」とする紋切り型の市場関係者のコメントを新聞、雑誌メディアなどでよく見かける。比較的当局寄りのエコノミストや経済専門家に多いが、要するに「余り大騒ぎするな」と言うご託宣。では6月末から8月にかけて中国市場を揺さぶった、通貨切り下げ、株安、景気減速懸念とそれに連動した世界同時株安の動きはどう解説されるのだろうか。

 なぜ中国の株価は突如、変調を来したのか。きっかけは外国人投資家(ヘッジファンド)による中国株の大量売却と見られている。門倉貴史BRICs経済研究所代表によると「これまで外国人投資家の中国本土株への投資は認められていなかったが、株式市場の活性化を狙う中国政府は昨年11月、香港市場を経由すれば外国人投資家であっても中国本土株への投資ができるよう制度変更を実施した。その投資マネーが中国株式市場に大量に流れ込み、上海総合株価指数を押し上げた。しかし投資マネーは逃げ足が速く、中国株の値動きがファンダメンタルズを反映していないと判断するや一気に売り逃げて巨額の売却益をつかんだ。投資マネーの流失で株価は急落した」(「株式新聞」8月14日付け)という。

 事実、上海と深圳(せん)の両証券取引所は7月31日、米ヘッジファンド24社の売買を3カ月間停止、違法な先物取引を理由に7名を逮捕する異例の措置を講じた。昨秋から4回の利下げ、預金準備率の引き下げ、8月の人民元連続切り下げや政府系機関を動員した株価対策の導入などと組み合わせて考えると、中国経済に何らかの大きな変調が押し寄せているのではないかとの見方が浮上するのは避けがたい。

 8月20日付け「日本経済新聞」経済教室で「中国政府は2015年の経済成長率目標を7%前後としている。国家統計局によると第1四半期(1-3月期)の成長率は7%、第2四半期(4-6月期)も7%だった。これは果たしてまったくの偶然なのだろうか」(柯隆富士通総研主席研究員)との疑念が報じられた。日本の四半期GDP速報を見ても0コンマ以下の数字が公表されるのが常で、2期続けて切りの良い数字となると、何らかの意図を感じる。

着地点は見えない

 中国経済のファンダメンタルズに何が起こっているのか。通常、ファンダメンタルズとは、一国の経済成長率、物価上昇率、財政収支などの経済指標を総合して検討されるが、経済への国家関与が大きな中国の場合、政府の経済、財政運営の方針変化が大きく影響する。2013年に習近平政権が打ち出した「新常態への移行」がその変化の核心を表現している。投資・輸出主導の経済成長から内需・民間主導経済への転換と成長スピードのスローダウンが新常態の中身だが、進行する事態は国有企業の肥大化と国家の市場介入という後戻り。それに腐敗摘発による経済活動の萎縮が市場の攪乱を増幅している。

 8月下旬以降の世界同時株安の連鎖は中国の景況感を示す製造業購買担当者指数(PMI)が6カ月連続で50を下回り、6年5カ月ぶりの低水準に落ち込んだことがきっかけ。7月の新車販売台数が7.1%減と4カ月連続して前年割れとなり、頼みの輸出も8.3%減と振るわない。供給過剰問題を抱える粗鋼生産は今年1-6月が前年同期比1.3%減少、同期間のエネルギー消費は0.7%増と僅かな延びに過ぎない。世界同時株安はこうした変化を読み込んだ上で始まった逆回転ともいえよう。経済の先行指標ともいえる世界の株式市場は落ち着きを取り戻しつつあるが、中国経済の着地点はまだ見えない。
 


07:25

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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