日誌


2015/08/31

「グローカル通信」第19号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
影響高める中国地方高速道路ネットワーク

                     労働調査協議会客員調査研究員 白石利政

 昨年の12月の雪の日、島根県で用事があり出雲市駅で待ち合わせた。広島から岡山経由の鉄路で出かけ、出雲から松江自動車道と中国自動車道を使い陸路で戻った。行きは運行の正確さを考え鉄道を利用したが帰りは気分を変えバスを利用した。両者を比べると、バスは鉄道より所要時間で45分、乗車時間で29分短く、料金も指定利用で6,500円、自由席利用で5,510円安かった。中国山地を横断する陸路の利便さを実感した。

2つの縦貫道と4つの横断道

 現在、中国地方には高速道路として2つの縦貫道(中国縦貫自動車道と山陽自動車道)と4つの横断道(姫路鳥取線、岡山米子線。尾道松江線、広島浜田線)が整備されている(このうち尾道松江線は新直轄方式で建設され一部区間を除き無料)。高速道路の効果は大きい。「中国地方の約8割の観光入込客が自動車もしくはバスを移動手段として利用……中国地方を発着する高速バスは、平成元年の269便に比べ平成26年には1,277便と約4.7倍に増加」した[伊藤努(2014)]。

 道路開設は地域住民の生活をも変える。松江自動車道の開通効果と在来の国道54号沿線への痛手についての興味ある事例を目にした。

 開通効果の一端は庄原市で2013年4月オープンした「道の駅たかの」でみられる。この道の駅は高速バス、高域路線バス、予約型区域内運行バスの結節点となり、地域の特産物の販売拠点として集客力を高めている。これにともない高野地域では加工グループや会社組織による45人の雇用が生み出され、「道の駅たかの」の指定管理者、株式会社緑の村は61人(正社員14人、契約社員6人、パート社員28人、アルバイト13人)の雇用を創出し、若年層の定住対策の一助ともなっている
[(岡村幸雄(2014)]。

 これに対し在来道路では交通量が半減し、沿線区間の店舗の利用者減は売上減、経営悪化につながり、住民の生活必需品の購入がより遠隔化、生活の利便性の低下、ひいては過疎化も懸念されている。集客力の回復への地域ぐるみの待ったなしの取り組み課題となっている[有田昭一郎(2014)]。

地元産品・サービスのブランド化で「吸客」力を

 集客力を高めるため地元産の商品や観光やサービスの「ブランド」化が重視されている。この外来語、「特に名の通った高級な銘柄を連想させる」(中村明著「日本語語感の辞典」岩波書店)とある。

 「ブランド」という点で2つのことが思い浮かぶ。ひとつはビールの話。日本で地ビールブームが起こった頃、チェコのクトナハラにある地元民に愛されている小さなビール工場を訪ねた。日本のビール工場を見学したこともある醸造担当者は「日本のビールは機械化され、品質管理が行き届き量産されている。われわれのビールは自然の力をかりながら人間が作っている」と話していた。ビールを飲むさい時々思い出す。もうひとつはチーズの話。スペインのアストゥリアスの山からの帰り道、地元で評判のチーズを手に入れたいバスクの友人は、私を車においたまま、酪農家と40分近く粘った。しかし、値段が折り合わず交渉は決裂。頑固な生産者とタフな消費者がこのチーズの評判を支えていると感じた。

 広島県では、2つの縦貫道と広島県内の市を起点とする横断道路に東広島呉自動車道(2015年全通)がつながったことをもって#(イゲタ)状の高速道路ネットワークが完成し、地域はもとより港や空港との一体化による海外との取引や観光、さらには大災害時の緊急輸送道路としても期待している(広島県のホームページ)。

 この高速道路ネットワーク、なによりも沿線住民の暮らしと折り合いをつけ、機能するものであって欲しい。そして沿線地域から、集客を超え「吸客」する力をつけた、地元の人にも愛される、ブランド品が日の目を見ることを願っている。

※参考にした伊藤努(2014)「高速道路の整備効果とNEXCO西日本の取り組み」、岡村幸雄(2014)「松江自動車道開通が生み出した小さな経済循環」および有田昭一郎(2014)「国道54号沿線における尾道松江線開通の影響と地域活性化の方向性」は、いずれも「季刊 中国総研 2014 vol.18-4 NO.69」(公益社団法人中国地方総合研究センター)掲載論文である。


09:54

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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