日誌


2019/04/10

POLITICAL ECONOMY140号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
「借金を繰り返してもデフォルトは起こらない」論  

          NPO現代の理論・社会フォーラム運営委員 平田芳年
                                                  
 「独自通貨の発行権を持つ米国のような国家は借金返済が滞る債務不履行(デフォルト)は起こらない。政府債務の増加がマクロ的な供給不足からインフレを起こす場合でなければ、経済成長と雇用の増加が続いているかぎり、政府債務残高はいくら増加しても問題ない」

 最近、こんな経済学説「現代金融理論」(Modern Monetary Theory)が米論壇などでホットな論争を繰り広げている。4月17日朝日新聞が経済面で「異端の経済理論 日米で論争」と題し、同学説の提唱者の一人、ニューヨーク州立大のステファニー・ケルトン教授にインタビュー。異次元金融緩和、公的債務の増大、消費者物価低迷、超低金利が併存する日本経済に注目して「日本は有益な実例を提供している。(日本の)債務はまったく過大ではありません。もっと支出が必要です」と持論を展開している。

 この学説は一読して明らかなように、従来の伝統的経済学や主流派経済学から見ると、明らかに異端だ。従来、「国が返済のあてもなくどんどん借金を繰り返していると、政府への信認がなくなり、国債の買い手が減り、通貨が暴落し、激しいインフレに見舞われ、年金、医療制度が維持出来なくなり、国家の破滅に至る」と解説されてきた。2000年以降でもアルゼンチン、ドミニカ共和国、エクアドル、コートジボワールなどの債務不履行事例があり、それ以前のウクライナ、ギリシャ、ブラジル、ロシア、トルコなどが思い浮かぶ。最近ではハイパーインフレに見舞われるベネズエラが国際経済の注目国家となっている。

「とるに足りない異説」なのか

 これまで同学説は「とるに足りない異説」として等閑視されてきたが、ここにきて「MMTが持続可能な形でプラスをもたらすような状況にある国が今あるとは思われない」(ラガルドIMF専務理事)、「MMTは完全な誤りだ。米財政赤字はGDPの規模に比べかなり高いレベルにあり、GDP成長率よりも早く拡大中だ。解決方法は支出を減らすか、税収を増やすことだ」(パウエル米連邦準備制度理事会議長)など主流派経済専門家からの批判的見解が目立ち始めている。

 その背景には、MMT提唱者のケルトン教授が2016年の米大統領選指名争いで民主党から立候補したバーニー・サンダース上院議員の政策顧問を務め、20年の大統領選でも再び政策顧問を引き受けることが判明したことにある。しかも昨年6月の米下院選でベテラン議員を破って初当選し、全米で注目を集めた民主党女性議員アレクサンドリア・オカシオコルテス氏の存在がそれに拍車をかけている。オカシオコルテス議員は民主社会主義を掲げ、巨額のインフラ投資や国民皆保険などのグリーンニューディル政策を公表。その財源論にMMTを取り上げているからだ。

 「日本は有益な実例を提供している」というケルトン教授の指摘に注目する必要がある。日本経済は過去5年近く、異次元緩和、ゼロ金利、国債の大量購入などを継続してきたが、景気回復感に乏しく、物価低迷(デフレ傾向)からの脱却は実現せず、金融政策の限界論が高まり始めている。MMTは「財政赤字などを心配せず、財政政策の本格的な発動で成長経済を目指すべきだ」とする積極財政論者に追い風となる側面があり、「財政規律よりも財政拡大を優先し、失業者をなくすべきだ」とするスペインの左翼政党ポデモスやツィプラス・ギリシャ首相、コービン英労働党党首など「反緊縮」を掲げる左派色の強い政治勢力と親和性が高い。

日本でも「薔薇マークキャンペーン」

 日本では主流左派は敬遠気味だが、「何よりも人々のための経済政策を!2019年統一地方選と参院選で反緊縮の経済政策を掲げる予定候補者に薔薇マークを認定します」という運動が始まった。松尾匡立命館大教授が代表を務め、MMT論を掲げて「消費税は凍結! 財源は作れる!」を旗印に薔薇マークキャンペーンを展開中。まだ国会に議席を持つ政党からの反応はゼロで政策論としては未知数。

 今から3、4年ほど前に、経済学者やエコノミスト、投資家の間で「ヘリコプターマネー」が取り沙汰された時期があった。中央銀行が大量にお札を刷って、空からばらまけば消費が拡大し、名目GDPは増えるというもの。先進諸国の景気停滞が本格化し、その打開策の一つとして浮上したものだが、結局、具体化されないままお蔵入りとなった(日銀の異次元緩和はその亜流という指摘もある)。MMTも同じ運命を辿るのか、「結局の所、借金したり減税したりした分は将来の増税で賄うしかない」という経済セオリーへの挑戦は実を結ぶことになるのか。       


07:18

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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