日誌


2017/01/05

POLITICAL ECONOMY 第86号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
東京近郊のベッドタウン生き残り競争

                                                                     経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

 「東洋経済」1月28日号の特集「マイホームが負動産になる-持ち家が危ない」はおもしろかった。発売日の夕方、本屋の雑誌売り場の経済週刊誌の平積みの中で同誌だけが、断トツに低かった(つまり売れていた)のはサラリーマンの関心の高さを物語っているのだろう。

 特集の中で目を引いたのは埼玉県毛呂山町の事例だ。東武東上線で池袋から1時間という立地条件で1960年代以降、一戸建ての開発が続いたが、今や埼玉県一の空き家率(18.9%)となり、値段を下げても買い手がつかない状況だという。1区画の狭さ(20-30坪)や4mという狭い道路という条件の悪さも重なっているようだ。特集では埼玉県、千葉県、神奈川県、大阪府などの事例が紹介されている。

 こうした事例で共通しているのは、通勤時間が都心から1時間半~2時間と遠い、若い世代が大量入居し高齢化が進んでいる、地域に特徴(ブランド力)がない-などだが、狭いとか、駅から遠い、さらには自治体が有効な手立てを行わなかったなど個々の事情もあるようだ。

 こうした現象は遠距離通勤の地域だけで起こっていると思われがちだが、近年は都心から20km、30km圏、さらには都内でも生じている。そのひとつが都内板橋区高島平団地である。ここは僕が若いころ(1970、80年代に賃貸と分譲)住んでいたところである。昨年行ってみたが様変わりであった。団地はずれの商店街が軒並みシャッターが降りていたのは想像の範囲内だったが、中心部にも及んでいたのにはビックリした。通りを歩く人も少なく子どもの声も聞こえないこともあり、団地全体に活気がない。高齢化率39%というのだから、もっともなのかもしれない。

 高島平は都営三田線で都心まで30分の距離にある。私鉄と接続しておらず、始発駅に近いのでラッシュ時にも座って通勤できる。保育園は完備という好条件なのに若い人はあまり住もうとしないのは人気がないからだろう。ブランド力がない(というより負のイメージがある)ためだと思う。

 これらから言えることは、日本は人口減少が始まっているが、人口が増加している東京圏でも減少する地区が出てきていること、しかも減少地区は高齢化が著しいことである。高齢者が増え、空き家が増え、地価が下がり商業施設も出て行くという現象がじわじわ広がっているのである。都内や近郊は勝ち組と言えそうだが、そうした地域でも条件の悪いところから「浸食」が進んでいるということなのだろう。

新規の住宅開発はセーブすべき

 ところが勝ち組になっているところでは、マンションや戸建ての新築が続いている。負け組地区にはうらやましい限りだろう。しかし、他方では空き家が増えているのである。国土交通省によると住居を壊して建て直す比率である再建築率は全国で9.1%、東京圏でも12.1%に過ぎない。しかも調査を始めた1988年(全国で22.7%)以降、再建築率は一貫して下がる傾向にある。

 空き家が増えているということは住宅市場が不足から余剰になっているわけだから、まずは新規の住宅開発は何らかの規制が必要である。ところが事態は逆方向に進んでいるのである。

 こんな事例がある。横浜市港北区の東横線沿線の駅から歩いて20分、横浜線の駅から15分、しかも新幹線のすぐ脇で上に送電線が通っている土地を地元の不動産業者が開発、10数戸売り出している。建坪16坪で1階は駐車場と玄関、階段、風呂場だけ。2階はリビングキッチン、3階はワンルーム(分割可)で約4500万円だ。いずれ負動産になるような物件である。

 人口が増えている東京圏でも2020年がピークでその後は減少に向かう。とすれば何とか勝ち組に残ろうと考えるよりも人口減少になっても生き残れる街づくりに転換する以外ないはずである。調べていたら埼玉県川越市では、10年前に市街化調整区域を規制緩和して宅地開発を行ったが、増加しすぎたため規制を元に戻したという事例があった。先々のことを考えたのであろう。ベッドタウン生き残り競争は厳しくなるだろう。自治体の「先を見る目」が問われる時代になったのではないか。


10:13

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

次回研究会決まり次第掲載します




 

これまでの研究会

第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)


第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


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