日誌


2023/07/26

POLITICAL ECONOMY第244号

Tweet ThisSend to Facebook | by:keizaiken
加速する岸田政権の軍拡路線?歯止めはないのか
     横浜アクションリサーチセンター 金子 文夫

軍拡路線の進展

 8月末、2024年度予算の概算要求が出揃った。防衛省は7.7兆円という過去最高の額を計上した。前年度の当初要求額5.6兆円の1.4倍にあたる。しかも、これ以外に金額を明示しない事項要求や後年度負担額が加わる。

 今回の概算要求の内容をみると、イージス・システム搭載艦、新型護衛艦・補給艦、水上無人機等、装備の拡充が大きいが、それと並んで陸海空全体を指揮する「統合司令部」、陸海空共通の「海上輸送群」、最新鋭ステルス戦闘機「F35B」飛行隊の新設など、組織強化の項目も目に付く。

 こうした軍拡予算の編成は、2022年末の安保関連3文書(「国家安全保障戦略」、「国家防衛戦略」、「防衛力整備計画」)の決定、それを受けた「防衛費財源確保法」、「防衛産業基盤強化法」の成立に続く措置であり、軍事費のGDP比2%引上げを通じた軍事大国化を目指すものだ。安保3文書はきわめて包括的・総合的に日本の軍事力増強を策定しており、その核心となるのは軍事産業の育成・強化だ。3文書に共通して、「いわば防衛力そのものとしての防衛生産・技術基盤」というフレーズが掲げられる。その担い手の軍事産業は「防衛省・自衛隊と共に国防を担うパートナー」と位置づけられる。そして軍事産業が利益を確保するカギを握るのが、武器輸出の解禁にほかならない。

武器輸出全面解禁への道
 
 平和憲法のもと、武器輸出を規制する3原則が確立したのは1970年代だった。2014年、第二次安倍政権は「積極的平和主義」のスローガンを掲げ、3原則の見直しに着手し、「防衛装備移転3原則」へと表現を改めた。とはいえ、武器輸出が全面解禁されたわけではなく、限定された分野(救難・輸送・警戒・監視・掃海)について、限定された国に、直接的殺傷能力をもたない装備を輸出できるという運用にとどめていた。

 ウクライナ戦争が進行するなかで、安保3文書は「防衛装備移転3原則」の運用の見直しを明記した。その具体化のために、与党作業部会による検討が進められ、7月に論点を整理した中間報告書が作成された。それを受けて政府当局は、英国・イタリアと共同生産する次期戦闘機は第3国へ直接輸出できるとする見解を表明した。次期戦闘機の完成はかなり先の話だが、ここに示された見解に基づき、今後小規模な装備からなし崩し的に殺傷兵器の輸出が拡大していくことになろう。防衛省は兵器・部品の規格を米国などと共通化し、部品輸出を伸ばしていく方策を検討している。また、米軍の軍艦を日本の民間造船所で補修する段取りを探っている。

 武器輸出解禁の準備は、すでに周到に進められてきた。2023年版「防衛白書」によれば、官民連携した様々な活動(国際的武器展示会の開催・参加、輸出先の需要調査、相手国官民との意見交換フォーラム、オンライン会議など)が2020年ころから盛んになった。2024年度予算の概算要求では、もっぱら武器輸出を担当する参事官(課長級)ポストを新設する方針が示された。また、外務省の所管する途上国援助では民生用のODA(政府開発援助)とは別に、軍事的援助(武器輸出)を行うOSA(政府安全保障能力強化支援)という方式が新設された。2023年度にフィリピン、マレーシア、バングラデシュ、フィジーの4カ国へ、24年度にはフィリピン、ベトナム、インドネシア、パプアニューギニア、モンゴル、ジブチの6カ国に軍用品が供与される。

東アジアの対立構造の深化
 
 8月18日、日米韓首脳会談がバイデン大統領の主導のもと、ワシントン近郊のキャンプデービットで開かれた。共同声明では、3国の首脳・外相・防衛相等の会合の定例化(制度化)、中国・北朝鮮に対抗する軍事的連携の緊密化(情報共有、共同演習等)など、東アジアにおける米中2大陣営の対立構造を強化する方向性が明らかにされた。QUAD(日米豪印)、AUKUS(米英豪)に続く対中包囲網の深化、軍事共同体へ地均しの意味をもつ。その延長線上に、NATOとの連携(NATO東京事務所の開設、日韓豪ニュージーランドとNATOとのサイバー・宇宙・偽情報・先端技術等に関する協力活動)が画策されている。

 一方、こうした中国包囲網の構築に対して、中国はグローバルサウスへの影響力行使、非米連合体BRICSの5カ国(中国、ロシア、インド、ブラジル、南アフリカ)から11カ国への拡大(イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、エジプト、エチオピア、アルゼンチンの新加入)によって対抗を図っている。BRICS開発銀行の本店が上海にある点に示されるように、中国はBRICSを主導する意図をもつ。

 今後、東アジアにおける米中2大陣営の対立関係の強度が高まり、軍事的緊張が増していくならば、「台湾有事」に限らず、何らかの軍事的衝突が生じる可能性を否定しきれない。24年度概算要求で防衛省は、防衛医大病院に、戦場で負傷した兵士を治療する「外傷・熱傷・事態対処医療センター」を新設する計画を明らかにしている。まさに「新しい戦前」が始まっているとみなければならない。

 対米追随による軍事的対立に傾斜するのでなく、独自の戦略的な対中外交の推進、地球規模課題や経済連携の取組みを通じて、これ以上の軍拡、東アジアの緊張増大に歯止めをかけることが求められている。


13:45

メルマガ第1号

金融緩和による「期待」への依存は資本主義の衰弱
                                                                   経済アナリスト 柏木 勉

 日銀の新総裁、副総裁が決定して、リフレ派が日銀の主導権を握った。副総裁となった岩田規久男氏は、かつてマネーサプライの管理に関する「日銀理論」を強く批判し、日銀理論を代表した翁邦雄氏と論争をくりひろげ、その後も一貫して日銀を批判してきた頑強なリフレ派である。

 さて、いまやインフレ目標2%達成に向けて、「「期待」への働きかけ強化」の大合唱となっている。この「期待」は合理的期待理論として欧米の主流派を形成している。そのポイントはこれまでにない大胆な金融緩和による「期待インフレ率の上昇」とされている。これによって実質金利を低下させ、それを通じて日本経済が陥っている流動性の罠からの脱出が可能になるというわけだ。ちなみに、近年ブレーク・イーブン・インフレ率なるものがよく出てくるが、これは普通国債の利回りから物価連動国債の利回りを引いて計算したものであり、期待インフレ率を表すとして利用されている。この期待インフレ率は、アベノミクスが騒がれ出してから、最近では1%程度にまで上昇してきた。同時に株高、円安が進んだ。これを見て「期待への働きかけ」は十分可能であり、現実に実証されつつあるとしてリフレ派の勢いは一層増している。

 リフレ派の主張に対しては様々な反論がなされている。その極端なものとしては、財政赤字が拡大する中で日銀が国債購入を増大させれば、財政ファイナンスとみなされ国債の信認(償還への信頼)が低下し、国債価格暴落で金利の急上昇がおこるというものだ。この時、設備投資はもちろん失速、財政は危機的状況をむかえる。もうひとつはカネを市中にジャブジャブに出していくわけだから、%インフレにとどまらずハイパーインフレをまねくというものだ。

 だが前者に対しては、いまだ家計の現金・預金が昨年で850兆円に増加し外国人の国債保有率も9%弱にとどまっているし、日本の金融機関の国債への信任は当分大丈夫だとか、また少なくとも今後の国債の新規発行分についてはその大半を日銀が購入してしまえば金利の大幅上昇はないとかの再反論がある。

 後者については遊休設備と多くの失業者を抱え潜在成長率との需給ギャップが大きい。だからハイパーインフレなどあり得ないとの再反論がある。その他様々な論点について論争はかまびすしい。

 だが問題は、リフレ派はデフレによる実質金利の上昇に焦点を絞っているのだから、実質金利と景気とりわけ利潤率との関係を見ることが必要だろう。実質金利の推移をみると、2000年代に入って近年まで実質金利は高い時でせいぜい2%強程度ときわめて低水準で推移している(ただし、リーマンショック直後を除く)。ちなみに80年代は5%台を上回っていたのである。そのなかでいざなみ景気は戦後最長を記録した。この間平均してCPIはマイナス.2%程度、実質経済成長率は2%弱と、日本経済はデフレ下で成長したのである。

 その後はリーマンショックにより大幅に落ち込み、回復ははかばかしくないが、ともかく2000年代全体を通じて、実質金利は長期にわたり低水準で大きな変化がないにもかかわらず、好況、不況が生じている。つまり景気の転換を左右しているのは実質金利以外の要因であり、例えばいざなみ景気の起動力となったのは、物価デフレよりも資産デフレからの脱却、デジタル家電を先頭としたデジタル革命、世界の工場となったアジアの生産ネットワークの形成、金抑制による労働分配率の低下であった。

 実質金利が高いと云う場合、何に対して高いのかが問題だが、むろん利潤率に対してだ。高くて2%程度の実質金利をクリアーできない利潤率が最大のネックなのだ。これを突破するのは最終的には不況下の合理化投資と需要創出型のイノベーションだ。デフレ下の低価格であっても利益を生むイノベーションである。しかし現状では200兆円におよぶ内部留保を抱えながら投資が低迷している。これはケインズの謂う企業家の「血気」の喪失というほかないだろう。
 
 そもそもインフレ期待を生むために、中央銀行による市場への説明能力やコミュニケーション能力などという小細工が大問題になるのは笑止千万というべきだろう。政府・日銀による「期待」の醸成という、お情けの支援なしには自ら投資に打って出ることができない。それほど「血気」が失われているわけだ。

 結局のところ、金融主導で金融面から資産効果を引き起こし、それによってようやく実体経済が動き出すというパターンしかとれず、それがまたバブルの形成・崩壊を繰り返すというのが現在の資本主義である。グローバル化で市場経済が世界中に浸透しているかの如く見えようとも、資本主義の中枢部分をなす先進国は、「期待」の醸成に頼るしかないという衰退の段階に入っている。

 

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次回研究会案内

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これまでの研究会

第35回研究会(2020年9月26日)「バブルから金融危機、そして・・・リーマン 兜町の片隅で実務者が見たもの(1980-2010)」(金融取引法研究者 笠原一郎氏)


第36回研究会(2020年11月28日)「ポストコロナ、日本企業に勝機はあるか!」(グローバル産業雇用総合研究所所長 小林良暢氏)

第37回研究会(2021年7月3日)「バイデン新政権の100日-経済政策と米国経済の行方」(専修大学名誉教授 鈴木直次氏)

第38回研究会(2021年11月6日)「コロナ禍で雇用はどう変わったか?」(独立行政法人労働政策研究・研修機構主任研究員 高橋康二氏)

第39回研究会(2022年4月23日)「『新しい資本主義』から考える」(法政大学教授水野和夫氏)

第40回研究会(2022年7月16日)「日本経済 成長志向の誤謬」(日本証券アナリスト協会専務理事 神津 多可思氏)

第41回研究会(2022年11月12日)「ウクライナ危機で欧州経済に暗雲」(東北大学名誉教授 田中 素香氏)

第42回研究会(2023年2月25日)「毛沢東回帰と民族主義の間で揺れる習近平政権ーその内政と外交を占う」(慶応義塾大学名誉教授 大西 広氏)

第43回研究会(2023年6月17日)「植田日銀の使命と展望ー主要国中銀が直面する諸課題を念頭に」(専修大学経済学部教授 田中隆之氏)

第44回研究会(2024年5月12日)「21世紀のインドネシア-成長の軌跡と構造変化
」(東京大学名誉教授 加納啓良氏)


これまでの研究会報告